可燃ごみの日、資源ごみの日、粗大ごみの日――そのぐらいなら記憶できるが、分別の細分化が進んでいる現在、ごみの出し方を完全にマスターするのは至難の業だ。対策としては年に1度配られる「ごみ出しカレンダー」を部屋に貼りだすのが一般的だが、なくしてしまえばそれまで。ウェブサイトでも確認できるが、市町村のサイトにアクセスし、該当するページを探し、自分の住むエリアを選んで、とそれなりに手間がかかる。さらに、いざごみを出そうとすると、「これは可燃?不燃?」と判別に困るものも少なくない。
このちょっとした、しかし深刻な悩みを解決してくれるのがスマートフォンのブラウザーで使うウェブアプリ「5374(ごみなし).jp」だ。制作し、運用しているのは企業でも自治体でもなく、全国のボランティアたち。ソフトウェアに関する知識や技術のある人たちが、自主的に集まって地域の日常生活にひそむ様々な課題を解決する「シビックハック」あるいは「シビックテック」と呼ばれる動きを象徴する事例のひとつとなっている。
5374.jpを開くと、明日が可燃ごみ、明後日は資源ごみ、といったように、その日を基準にしていつ、どのごみをいつ出せばいいのかシンプルに教えてくれる。さらに「可燃ごみ」「資源ごみ」と表示されている部分をタップすると、そのカテゴリーに含まれるごみの種類を細かく教えてくれる。
5374.jpを最初に開発したのは、石川県金沢市のグループ「Code for Kanazawa(コード・フォー・カナザワ)」。代表を務める福島健一郎は、ソフトウエア・電機関連大手に勤務の後、金沢市で起業。現在はIT企業を経営しながら、シビックテックの活動にも力を注いでいる。
福島がシビックテックに参加するようになったきっかけは、米国のグループが開発したあるウェブアプリだった。それは、地域の消火栓の位置を地図上に落としこんだ「消火栓マップ」。一見、それは消防関係者のみに必要なもののように思える。しかし、その地域は降雪地帯であり、冬季には消火栓がすぐに見つからない、あるいは雪に埋もれてすぐ使えない、という事態が発生している。これを市民の手で可視化し、さらに普段からこれを意識して、近くに住む住民が埋もれないように工夫したりする行動を促そうというものだ。
自分たちの知識や技術を使って、社会の課題を直接解決できる――そこに福島は大きな可能性を感じた。消火栓マップを作ったのは、優秀なIT技術者を市役所などに派遣するとともに、地域の課題を自ら解決する「ブリゲード」と呼ばれるコミュニティーづくりを進めている「Code for America」というグループだった。
福島はさっそく「Code for Kanazawa」の準備に乗り出した。2012年夏のことである。翌年5月、正式に発足。9人のメンバーが参加してくれた。Code for Kanazawaは2014年2月に一般社団法人となり、現在は45名のメンバーで構成されている。
発足当時、福島はCode for Kanazawaの目指すもの、ビジョンを熱心に説いて回ったが、いまひとつ「伝わっていない」もどかしさを感じていた。そこで、まず具体的に何かを作ってみよう、と考えた。では何を作るか。メンバー内の話し合い、ウェブでの募集を通じて多くのアイデアが出てきたが、公益性が低かったり、必要なデータが得られそうになかったり、となかなか決まらない。その中で、若い人たちを中心に「ごみをいつ出せばいいのか分からない」と感じている人が多いことが分かった。
ごみの出し方に関する情報は金沢市のウェブサイトで公開されている。自由に使っていい、いわゆる「オープンデータ」とは明確に表示されていなかったため、まず市に利用許諾を得ることから始めた。 2013年9月、何人かのメンバーが集まり「ハッカソン」を開いてアプリ制作に臨んだ(写真=Code for Kanazawa提供)。ハッカソンとは、エンジニアやデザイナー、データの整理・分析をする人たちが集まって、1日や2日、時間を区切って集中的に開発を行うイベントだ。
この時、参加者たちが特に注意したのはできるだけ使いやすいものにしよう、という点。そのため、技術的なことはもちろん、デザイン面にも力を注いだ。そして機能もシンプルに絞り込んだ。この2日間でほぼ「5374.jp」は完成、Code for Kanazawaの初仕事となった。
しかし、そこでCode for Kanazawaの、そして5374.jpの挑戦はそこでは終わらない。完成から2カ月後、彼らはこのウェブアプリを金沢市だけでなく、他の地域に住む人たちにも使ってもらおう、とプログラムの公開に踏み切った。
折りしも、こうした日本のシビックテックを一気に盛り上げようと「Code for Japan」の立ち上げが進んでおり、これに呼応して全国に「ブリゲード」が発足しつつあった。そしてどのブリゲードも福島たちと同様、まず何をすればいいのか、というところで立ちすくむ。そこに5374.jpは絶好のワークショップ教材として機能していった。
自分たちの地域のごみの出し方をデータとして整理し、それに合うようにプログラムやデザインをカスタマイズする。公開したプログラムは、エキスパートでなくても、ソフトウエア開発に関する多少の知識があれば十分に扱えるように工夫されていた。また、こうした活動に興味はあるが開発の知識がない、という人はデータの取得や整理などで貢献できる。さらに、完成したアプリを多くの人に使ってもらうための広報といった仕事もある。
この結果、2014年10月現在、すでに50以上もの地域で「5374.jp」が稼動。その数はさらなる拡大を見せている。 だが福島は「『5374.jp』を作ることが目的ではない」と断言する。作っても、使われなくては意味がない。そして作りっぱなしではなく、情報が常にアップデートされていなくては使えない。重要なのは「5374.jp」ではなく、それを支えるコミュニティー、ブリゲードを育て、自ら地域の課題を発見し、考え、解決できるようにすることだ。
「それも、エンジニアにしか分からないようなことをしているのではダメ。多様な人材が集まる、継続性のあるコミュニティーでなくては。誰のために活動するのか。自分たちが何のために存在しているのか、常に問いかけていきたい」と福島は語る。現在、彼はCode for Kanazawaの代表であると同時に、Code for Japanのブリゲードリーダーも務めている。
5374.jpと同様の広がりを見せているシビックテック発のアプリとしては、ほかに「税金はどこへ行った?(WHERE DOES MY MONEY GO?)」がある。これは自治体の予算をデータとして取り込み、自分の納めた税金のうち、どの程度の金額がどのような目的に使われているかを可視化する仕組みだ。2012年に横浜市版が作られて以来、続々と各地で立ち上がり、すでに160もの自治体版「税金はどこへ行った?」が稼動している。
また全国のこうしたコミュニティーは、Code for Japanのブリゲード以外にも数多く存在する。毎年、全世界でオープンデータを活用したハッカソンやアイデアソン(企画やアイデアを持ち寄り練り上げるイベント)を同時に行う「インターナショナル・オープンデータ・デイ」が開かれているが、2014年度は日本から全世界の3分の1近くを占める32地域が参加した。
彼らシビックテックの担い手たちは、誰から言われたわけでも、頼まれたわけでもなく、自発的に地域の課題を発見し、それぞれの能力を持ち寄って解決している。そこには強烈な主体性があり、彼らが成し遂げているのはまだ小規模ながら「地域づくり」にとどまらない「国づくり」だ。シビックテックの先には、絶対的な「主役」の座を首都圏が占めていた、あるいはそう考えられてきた戦後の日本を大きく動かす可能性を秘めている。(文中敬称略)
(2014年10月24日・I)
◆関連リンク
5374.jp ウェブサイト http://www.5374.jp/
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2014年12月11日から13日まで、東京ビッグサイトで開催される環境総合展示会「エコプロダクツ2014」会場内にて、実際に5374.jpの開発に参加できるイベント「5374(ゴミナシ)を作ろう!ハッカソン」が開催されます。詳細、参加申込はウェブサイト https://eco-pro.com/2014/stage/000060.html をご覧ください。