途上国にイノベーション受け入れる体制を――SDGs達成に向け勉強会開催

0326_01.jpg 3月26日、世界銀行東京事務所でエコプロ勉強会を開催しました。
 SDGsは「誰も置き去りにしない」を標ぼうし、世界全体の調和ある発展を目指しています。しかし、例えば「産業と技術革新の基礎をつくる」(目標9)などについては、先進国と発展途上国とで大きな乖離があるのも事実です。
 世界銀行が昨年10月に発表した報告書「イノベーション・パラドックス:途上国の能力、遅れを取る技術活用」では、次々と登場する新たな技術が、必ずしも途上国の成長に寄与していない状況が明らかとなりました。
 今回の勉強会では、この報告書を取りまとめた世界銀行の公正成長・金融・制度(EFI)担当チーフエコノミスト、ウィリアム・マロニー氏に、なぜそうした状況が生まれるのか、どうすれば乗り越えられるのか、お話しいただきました。

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 世界銀行の重要なミッションは、各国の生産性を高めていくことです。生産性を伸ばすことで国内の貧富の差を解消するだけでなく、途上国と先進国との間のギャップを埋めていくこともできます。そのカギとなるのがイノベーションです。

 SDGs(持続可能な開発目標)の達成にとっても、イノベーションが重要なのは言うまでもありません。省エネルギーなど地球環境の保全と経済活動を両立させていくためにイノベーションは不可欠ですし、貧困層に対する様々なサービスの提供もイノベーションによって実現できます。

 現代は、今までになかったような全く新しい技術が登場してくる時代です。その結果、先進国においては単純な組立作業のような仕事は減少してきました。生産性や雇用を考える上で、革新的な技術が今後社会にどのような影響を与えるか、全く見当が付きません。

 私たちは現在、こうした状況を踏まえた新たな生産性に関するレポートに取り組んでいます。2019年までの間に4編に分けて発表する予定で、その最初の一編が2017年10月に発表した「イノベーション・パラドックス」と題したレポートです。


イノベーション・パラドックスとは何か

 イノベーション・パラドックスとはどのようなものでしょうか。

 先進国でイノベーションが起きると、途上国ではそうした新たな技術を使い、先進国に追い付こうとします。ところが、実際にはそうならないケースのほうが多い。これは途上国における政策の欠如によるものだ、と私たちは考えています。

 成長にとって重要なのは「新しい技術を取り入れる能力」です。今から100年前、1900年代における、各国の一人あたりの技術者の数を調べてみました。すると当時のチリやアルゼンチンといった南米の国々は、スウェーデンやデンマークなどの状況とあまり変わりがなかったことが分かりました。しかし100年たった今、その所得には倍以上の開きが生まれています。

 実は1900年代、米国南部もこうした国々と同じレベルだったのです。北部に工業が集中していたため、南部においては技術者が不足していました。アジアに目を向けてみると、日本でも技術者は多くありませんでした。

 チリ、米国南部、日本。同じような状況だったこの3つの地域が、100年間でどのように変化してきたのでしょうか。

 米国南部では、英国から導入した技術を継承していきました。日本は米国、英国の両方から技術を導入し、それをダイナミックに発展させて産業を振興していました。

 一方、チリは1860年から70年代において世界最大の銅の産出国でしたが、1900年代になると米国がこれらチリの鉱山を買収していきます。チリにはたくさんの技術者がいましたが、米国は鉱山からの収入で、多くの教育機関を設立し、さらに多くの技術者を育成することができたのです。

 重要なのは「どれだけ生産していたか」ではなく「新しい技術を導入する体制がどれだけ整っていたか」です。この点でチリは後れを取ってしまいました。

 そうした体制に必要なのは教育だけではありません。現在、各国の研究開発に対するリターンについて、米国は55%、スペインは40%、という調査があります。教育だけで55%という数値は出てこない。そこには積極的な投資も必要なのです。

 世銀やユネスコが行った、国家レベルの研究開発費の調査結果を見ますと日本やフィンランド、韓国は多くの投資をしているのが分かります。こうした国々は技術だけでなく、マネジメントのスキルも高いのです。

 比べて南米諸国は、研究開発にもあまり投資していませんし、マネジメントのスキルを高めることにもお金を使っていません。

 研究開発で高いリターンを得るためには、研究開発への投資と、それを事業化できる企業の両方が必要なのです。その両方を見据えた政策、ナショナル・イノベーション・システムとも言うべき仕組みがなければ、イノベーションの恩恵を受けることはできません。


マネジメントの品質を高めるために

 イノベーションを考えるとき頭に入れておかなくてはいけないのは、知識、情報については需要と供給を基本としたマーケットのメカニズムでは説明できない側面がある、ということです。知識は多くの人達によって共有されるものだからです。ある人が良いアイデアを持っていたら、それを共有することはできても、奪いとることはできません。そして、その共有によってもともとアイデアを持っている人の収益性は下がってしまう可能性がある。

 こうした特性を理解した上で、企業が知識を蓄積し、研究開発に投資するインセンティブ、公正な競争環境の維持、自由な貿易制度の確立などを考えていくことが必要です。

 さきほど、イノベーションの効果を受容するためには、新たな技術と、それを事業化する企業の両方が必要だという話をしました。研究開発とマネジメントとの間には相関があり、企業経営の品質が高ければ生産性も高まっていきます。

 では経営の品質というのは何によって高められていくのでしょうか。

 まず、競争が大事なのは確かです。そして人材育成、教育の問題も大きい。高い学歴だけでなく、海外の企業で働いた経験なども大きく寄与するでしょう。

 企業のオーナーシップ、という点にも注目すべきです。創業者一族による経営で世界的に有名になった企業もありますが、一般的には家族による経営の企業よりも、経営のプロフェッショナルが率いる企業のほうがイノベーションへの対応には優れていると考えられます。そうしたプロフェッショナルを企業に迎え入れるには、その国の契約制度が深くかかわってきます。たとえば契約した経営者が成果を上げられなかったときに、速やかに他の人材に交代させられるかどうか、といったことです。こうした法律面もイノベーションの効果を最大限にするため考えなくてはいけない点なのです。

 グローバル企業のバリューチェーンに参加することでも経営の質は高められるでしょう。もっとも、これはタマゴが先かニワトリが先か、という話で、そこに入るためにはまず経営面でもある程度のクオリティーを担保することが求められてきます。


イノベーション政策のポイント

0326_02.jpg このように、イノベーションの効果を広めていくためには単純とは言えない要素が関係してきます。ですから、そのために政府が実践すべき政策というのも、どうしても複雑なものになりがちです。イノベーションをもっとも必要とする途上国で、イノベーションが進まない、という「イノベーションのジレンマ」の原因は、まさにこの点にあるのです。


 また多くの場合、途上国では政策のフィードバックのプロセスがありません。政策評価を行い、改善していく、ということをしていない。これも問題です。

 そして政府全体の整合性をとることも重要です。使えるリソースが限られているのであれば、それは集中的に使われるべきでしょう。しかしひとつの国の複数の官庁で同じような問題に取り組み、同じようなプログラム、補助金やインキュベーション制度などを進めていることがよくあります。

 また精度の高い予見に基づき、一貫性をもって政策を進めていく必要もあります。例えば大学制度を整備するには20年も30年もかかりますから。

 もちろん、まず政府に求められる機能は、物的、人的資本の蓄積に対する障壁を取り除くことであるのは言うまでもありません。貿易もそうです。公正な立場で競争ができなければ意味がない。その上で、研究開発の質を高めるための政策を実践していく。産学連携の強化、インセンティブの提供などです。


イノベーションの受容は日本の得意技

 質の高い企業は無作為に生まれてくるわけではありません。意識して作っていかなければならないのです。ただ、どのようにすれば良いのかを、私達は熟知していません。

 にもかかわらず、私達はやはり「飛べる鳥」を生み出していかなければならない。それは可能なのでしょうか。答えは「Yes」です。実は日本は、歴史的に見てもそれに大変長けていました。

 明治維新において、日本の産業の近代化に大きく貢献した五代友厚のことは皆さんご存知だと思います。幕末期に英国の捕虜となった経験のある五代は、海外の優れた技術を学ぶ重要性を説き、その結果として英国へ留学生が派遣されることになりました。当時はまだ自由な海外渡航はできませんでしたから、密航のような形で英国へ渡ったのです。その命がけの留学から帰って来た人たちが、日本の近代化を大きく推進することになりました。 

 太平洋戦争で高い機能を発揮した戦闘機のゼロ戦。あまり知られていませんが、ゼロ戦の機体の4割は家内工業で生産されていたと聞きます。それだけ当時の家内工業のレベルが高かったということです。そして戦後は日本中で生産性運動をはじめ品質を高める動きが推進され、製品の輸出を支えていきます。こうした運動の歴史は、多くの国々で参考にされてきました。


「知らない」ことを知るところから

 インドで、スタンフォード大と世銀の研究者が行った実験をご紹介します。
 
 コンサルティング企業のアクセンチュアと協力して、中小の繊維会社10社の診断を行い、何が良くて何が悪いかを分析し、二人三脚で在庫や生産の改善を行っていきました。1社あたりのコンサルティングコストは25万ドルかかり、これは途上国において現実的なコストではありません。しかし、1年間でその費用をすべてまかなうことができるほどの改善を実践したのです。

 ならば「25万ドルのコストがかかっても、1年間でその投資を回収することができるのならば、なぜ世界にはまだ、管理がずさんな企業が存在し続けるのか?」という疑問が生じるかもしれません。

 つまるところ、企業の当事者は「自分たちが知らない」ということをよく分かっていないのです。途上国において、中小企業は孤立しています。したがって、自分たちの製品の技術の最先端がどこにあるのかわかりませんし、管理能力も十分ではありません。

 そして一般的に、経営管理のスコアが悪いところほど「自分はマネジメントがうまい」と思う傾向にあります。決して、愚かな人達ではありません。勤勉で頭の良い人たちです。ただ、「最先端」がどのようなものかが分かっていない。ですから先ほどのインドの例のように、これはもっと改善のやり方がありますよ、このようにしたらどうですかと伝えれば速やかに変えられるはずです。

 しかし「自分が何をわかっていないか」をわかっていない人に対して「ここが良くない」と指摘しても、にわかには信じてくれません。こうした情報コミュニケーションの問題も深刻なイノベーション・パラドックスの要因になっています。


イノベーションを宿す用意を

 最後に、フランスの細菌学者ルイ・パスツールの言葉をご紹介しましょう。
「幸運は用意された心のみに宿る」。

 革新的な技術が登場したとき、俊敏な企業は自分たちの組織をうまく調整し、正しいかたちで技術を取り入れ、価値を提供していくでしょう。そして科学技術に関してアンテナを張り巡らせて、常にそうした情報をキャッチしていることでしょう。

 そうした企業はイノベーションを宿す用意、イノベーション・システムができているのです。イノベーション・システムとはつまり「技術に合わせて自分を変えて行く」ことに他なりません。

 今年の秋には、次のレポートを発表します。ぜひご注目ください。

関連リンク

報告書「イノベーション・パラドックス:途上国の能力、遅れを取る技術活用」のサマリー、ダウンロードは下記リンクからどうぞ。

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