ものづくりは物語 ダンボルギーニ生んだ「おだづもっこ」

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colum1201_01.jpg 昨年、ネットで大きな話題を呼んだ段ボール製スーパーカー「ダンボルギーニ」が、エコプロ2016の企画「エコ×防災×ものづくり」コーナーに展示される。これまでダンボルギーニは製作した会社、今野梱包の地元である宮城県内でしか展示されておらず、関東では初公開。

 現在、ダンボルギーニは震災で大きな被害を受けた宮城県女川町の新たな商業施設「シーパルピア」に展示され、連日多くの人がその雄姿を観ようと足を運んでいる。今回エコプロで展示するのは、よりディテールにこだわり、完成度を高めた二号機だ。

 実物大の大きさとリアルさ、そして抜群のネーミングセンス。話題となる要素は十分だが、ダンボルギーニが多くの人を魅了する理由はそれだけではない。ダンボルギーニを生み出した、今野梱包の今野英樹社長に話を聞いた。

 

エコ化の流れを察知、段ボール事業に参入
~探さないものは見つからない、見つからないものは掴めない~

宮城県石巻市にある今野梱包は1971年の創業。主に物流で使う木製パレットを扱ってきた。今野英樹さんは94年に入社し、2010年に三代目社長となる。

 僕は仙台で自動車ディーラーに就職していたんですが、創業者である祖父が他界したのを機に石巻に戻りました。正直、当時はあまりこの会社の事業内容に魅力や将来性を感じませんでしたが、実家の祖父が起こした会社という誇り、使命感のようなものはありましたね。

 よく「三代目で会社がつぶれる」って言うじゃないですか。同じことだけをやり続けて、変化に対応しないからそうなるんだと思います。入社して、木製パレットの業界動向を自分なりに研究してみると、この先はさらなる価格競争が避けられないと分かった。それは自分たちが創り上げたものの価値を下げて仕事を続ける、ということです。この事業だけでは会社が持たない、と感じました。

 だから新しく何かを始める必要があったんです。当時は「エコ」が大きな流れになっていました。木製パレットの製作には、使用する木材(原木)の半分ぐらいしか使えず、その残材の半分ほどはもう捨てるしかなかった。そこで、これを利用した木炭の製造を考えたのですが、これも研究してみると市場は大きくなく、販路拡大のためには大手と連携するしか道はない。それでは価格競争に巻き込まれるのと同じことです。

 ずいぶん悩みましたが、探さないものは見つからない。見つからないものは掴めない。とにかくとことん探し続けていたところ、2002年にトライウォール社が製造している、重量物の梱包にも使える強化段ボールのことを知りました。段ボール自体がエコ素材ですし、軽重量だから環境負荷も下げられる。そして大型製品や重量物を輸出入するときの梱包に使えるほどの強度。これだと思いましたね。

 すぐに日本法人の工場に見学に行き、その場で「うちを代理店にしてください」と頼みました。そう簡単に決まるものではないと分かっていましたが、担当者にインパクトを残しておこうと。そして、まだ決まってもいないのに工場を建ててしまいました。外側だけですが(笑)。その写真を送って「いつでも操業できます」とトライウォール社側にアピールしたんです。

 ただ、当時の社長は父でしたので、この新事業の一棟目の工場ついては会社のお金を使わず、すべて自己資金で準備を進めました。代理店になることが決まり、正式契約を結んだころには、私たち夫婦の銀行口座には7万円しか残っていませんでした。まだ小さかった子供たちにも「何かあったらお前たちと別れることになるかもしれない」と真顔で話していたほどです。

 この事業に自信はありましたが、工場が稼働しても、すぐに仕事はありません。飛び込み営業もしましたし、役所に行って輸出入業者の情報を得たり、図書館に通って企業データベースを検索をしたり、という日が続きました。やっと軌道に乗ったのは2007年ごろでしょうか。米沢にある会社が、一緒に大型案件の受注を取りに行こう、と声をかけてくれて、そこからですね。

 

震災に先立って、避難所用具を開発

東日本大震災が発生すると、今野梱包はトライウォール社の支援を受け避難所で使える段ボール製の間仕切り約2000人分を寄付。その後仙台市や石巻市からの要請を受け、間借りして開設した臨時教室や仮設校舎で使う机やロッカー、下駄箱といった学校用資材を段ボールで作って納入した。その一部をエコプロでも展示する。

 地震が発生した2011年3月11日、僕は東京ビッグサイトで店舗総合見本市「JAPAN SHOP(日経メッセ)」を視察していました。揺れた時はホールの出口近くにいたので、すぐバス停に行き、運よくバスで東京駅まで行けました。電車は動いていませんし、ようやく取れた浅草のホテルまで歩いて行って宿泊。翌朝、トライウォール日本法人の担当者の助けを借りて、17時間かけて石巻に戻ることができました。幸い家族も工場も無事でしたが、自宅は全壊しました。

 避難者のプライバシーを守る間仕切りを寄付したり、学校用具を納入できたのも、いつか使うときが来る、と以前から準備していたからです。子供のころにあった宮城県沖地震(1978年)がまた来る、と噂する人もいましたし、阪神・淡路大震災や、中越地震・中越沖地震の報道を見て、その避難所の環境を何とかしなくては、と感じていました。

 私たちが作った間仕切りは、基本的に一人用です。最初、もっと大人数を想定したものを作っていたのですが、中小企業と連携したものづくりで知られる東北大学の堀切川一男教授から「一人用のものを作ろう」とアドバイスを受け、L字型の一番シンプルなタイプの間仕切りにしました。

ロッカー.jpg 学校に納入したロッカーには引き出しがついていますが、取っ手替わりの切れ込みが、にっこり笑った口の形のようになっています。最初は丸い穴だったのですが、なんだかそれだとぽかんと口を開けているように見えた。子供たちに明るい笑顔を取り戻して欲しい、と思ってこの形にしたんです。

 今年、熊本地震が発生したときには、こちらから資材を運ぶより、現地で作ってもらったほうが早い、と思い、私たちの作った設計図面をダウンロードできるようにしたウェブサイト(http://konpo-ac.com/)の活用を呼びかけました。ただ、残念ながらあまり利用はされなかったようです。製作できる会社が、ボランティア用途限定だと考えてしまったのかもしれませんし、作ったものをどう供給するか、そのノウハウもなかった可能性もある。これは今後の課題です。

今野氏は現在、段ボールで地元のジオラマを作り、地震や津波が発生したときどこに避難するかを直感的に学ぶ「防災ジオラマ推進ネットワーク」の活動に協力している。「エコ×防災×ものづくり」でも女川町を再現したジオラマを展示するほか「国際協力コーナー」には、水没が懸念されているツバルのジオラマを紹介する。

 

そしてダンボルギーニが誕生する

ダンボルギーニの製作は2012年に着手し、完成は2015年。その年の12月、女川町の新たな街づくりの一環としてオープンしたテナント型商業施設「シーパルピア」での展示が始まった。今野梱包はダンボルギーニだけでなく、様々なものを段ボールで制作し、話題を呼んでいる。恐竜から有名アニメのロボットまで、その範囲は広い。

 震災直前にはかなり大型の案件も入ってくるようになり、3時間睡眠がずっと続くような毎日でした。それが、震災で一気に仕事が激減します。

 1年ぐらいが経過し、ようやく日常の平穏を取り戻し始めたころ、いろいろと考えるようになりました。ずっと仕事に明け暮れていたけど、自分の夢とか憧れに対して何のアプローチもしてこなかったな、これでいいのかな、と。ふと、子供のころに憧れていて、息子とも夢を共有したスーパーカー、ランボルギーニのことを思い出しました。本物のランボルギーニには手が届かないけど、今の自分たちの技術、そして強化段ボールという素材を使えば、段ボールでスーパーカーを作れるかもしれない。「よし、ダンボルギーニだ!」と、早速社員にこの計画を話しました。みな、目が点になってましたけど(笑)。

 ダンボルギーニ以前から多くのものを段ボールで製作してきたのですが、これには梱包資材とは異なる技術、そして道具が必要です。

 段ボール事業を始めたとき、梱包資材以外も作りたいと思って、当時強化段ボールの家具を多数作っていた先駆者を訪ねました。話している中で、その方が何気なく「みんな片手間で作るから、この業界伸びないんだよね」と口にしたんです。悪気があったわけではないでしょうが、この言葉が妙に引っかかった。「片手間ってなんだよ、片手間って......」。いや、自分は片手間でやるんじゃない。本気でやる。だから、カッティングマシーンとCADの導入を決めました。

 まあ相談する人すべて反対しましたよね、銀行の方も、税理士さんも。「もっと事業が軌道に乗ってから」と。その反対を押し切って導入したはいいものの、使い方が分かりません。資金に余裕もないですから、すべて独学でマスターしていきました。

 最初に作ったのは恐竜の骨格模型。リーマンショックで仕事が減ったときには、有名アニメに登場するロボットを作ったりしました。恐竜をかたどったすべり台は商業施設で子供たちに大人気です。一般に販売している、カブトムシやクワガタなどの「昆虫キット」も、なかなかのヒット商品になっています。

 

若い世代に活躍するステージを
~「インパクトとサプライズ」で疾走する「おだづもっこ」~

column1201_03.jpg ものづくりには、インパクトとサプライズが大事だと思います。その2つによって、人は「面白い」と思うし、笑顔になる。感情が動くわけです。そして、そこで生まれた「関心」が、より深い「興味」につながると、人が動き始めます。それは製品を購入したり、使ってみたり、というものから、社会をもっとよくしよう、他の人を幸せにしよう、という取り組みまで様々です。この一連の「物語」までを考えて、初めて本当のものづくりだと思うんです。

 ダンボルギーニは、名前のインパクトや、リアルさ、細かさのサプライズがあって多くの人に関心を持っていただきました。それによって、女川までダンボルギーニを観に行く、という行動が生まれた。つまり、ダンボルギーニの物語は完成して終わりではなく、逆にそこから始まって、今は女川町の資源、地域のキラーコンテンツになりつつあるんです。

 石巻もそうですが、いま日本全国で、若い人が地域に残らない、と嘆いていますよね。でも若い人にとってみれば、その地域に自分たちの活躍するステージがある、と感じられなければ、出て行ってしまうのは当然でしょう。

 段ボールでものを作り続けるのも、自分が活躍するステージを作り、それを次の世代に示していきたいという思いがあるからです。あと、ちょっとした反骨心。地域の活性化を声高に叫ぶ人ほど、若い人からの提案に耳を傾けないことがよくある。絵に描いた餅じゃなくて、実際に行動していきたいんです。

 宮城には「おだづもっこ」という方言があります。お調子者とか、後先を考えずに行動する人のことですが、この言葉が好きなんです。あれこれ真面目に考えるよりも、まず行動。ただし本気です。そうすることで、ものごとの本筋や奥行きが見えてくる。これからも自分は「おだづもっこ」で行きますよ。(2016年12月1日・I)

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